高木美帆選手が北京オリンピックのスピードスケートで大活躍されていますね。
そんなケーターとしての美帆選手がスピードスケート人生において、どのような学生生活を送ってきたのか気になりませんか?
今回は高木美帆選手の高校が商業高校なのかについて調査してみました。
他のスポーツにも真剣に取り組んでいたりと、スピードスケート1本ではなかった学生時代のエピソードも紹介しています。
高木美帆の高校は商業高校?
高木美帆選手の高校は北海道帯広南商業高等学校です。
北海道帯広南商業高校は帯広市にある商業高校です。
社会に出て役立つ商業科目の授業を受けられる他、部活動全員加入制があり部活動にも力を入れている学校です。
高木美帆の学生生活
高木美帆選手は北海道帯広南商業高校で簿記と情報処理1級を取得されているんですよ。
簿記は合格率8〜10%、10.2%~34.6%しかないので、美帆さんはしっかり勉強にも力を入れていたことがわかりますね。
美帆は女子クラスだったのですが、友達はいっぱいいましたよ。その瞬間の集中力に長けていましたね。やるって決めたらやるというタイプでした。
「普段はまじめだけど、空気も読める子で、みんなから嫌われている先生の授業では話をわざと脱線させるようなこともやっていました(笑)。ちゃんと高校生活を楽しんでいましたね。」
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高木美帆選手はクラスの人気者だったのかもしれませんね。
高校でスポーツだけでなく、学業や学校生活も十分に楽しんでいたことがわかります。
女の子同士だと変に気を遣うのが嫌だったみたいで男とつるむことのほうが多かったですね。部活の後はサッカーをしたり、川遊びもしました。ジャージを脱ぎTシャツとスパッツでザブン!と入って泳いでいましたよ(笑)」
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男子と遊ぶ方が多かったという、美帆選手の性格はサバサバしているのかもしれないですね。
川遊びをするなど、美帆選手はとてもアクティブな高校生だと思いませんか。
高木美帆の高校時代の成績は好調
高木美帆選手の高校時代の成績をまとめてみました。
2012年1月・高校2年生:ワールドカップ・ソルトレークシティー大会1000m 優勝【世界ジュニアで新記録】
2012年3月・高校2年生: 世界ジュニア選手権 総合優勝
2013年3月・高校3年生: 世界ジュニア選手権 総合優勝【日本人初連覇】
優勝を飾るとともに新記録も出している高木選手は高校生のときから、成績をしっかり残されていますね。
高木美帆は高校に特例措置での入学をしていた?
高木美帆選手は高校入学時に特例措置をしてもらい、高校入試を受けていました。
その理由としては高校入試日がバンクーバー五輪と日程が重なっていたそうです。
なかなかない事例のため、高校側も入試を1ヶ月も前倒しにされていたんですね。
流石にオリンピックに出場するからといって入試を辞退させる訳にもいかず、仕方のない特例だったと思われますね。
高木美帆の中学は幕別町立礼内中学校
高木美帆の中学は幕別町立礼内中学校です。
近くに駅がある中学校なんですね。
高木美帆の中学生時代の成績は新記録の連続
高木美帆選手の中学生時代の成績は新記録の連続でした。
2009年 1月・中学2年生:全日本ジュニアスピード選手権 総合優勝
2009年 2月・中学2年生:世界ジュニア選手権 総合4位
2009年 2月・中学2年生:ジュニアワールドカップ 優勝(500m、1000m)【中学新記録】
2009年12月・中学3年生:バンクーバー五輪代表選考会 優勝(1500m)3位入賞(1000m)【中学新記録】
2010年 2月・中学3年生:バンクーバーオリンピック 23位(1500m)35位(1000m)【日本スピードスケート史上最年少で出場】
中学2年生からバンクーバーへの出場までの成績が素晴らしいですよね。
高木美帆は中学生時代にオリンピックへ出場
上記でも紹介した通り、高木美帆選手は中学生時代にオリンピックへの出場経験があるんです。
中学生でオリンピックを経験したということは当時15歳だったんですね。
最初のレースは、気づいたら終わってたみたいなところがありましたね。緊張っていうか、オリンピックだっていう特別な意識はあったかな。『普通に滑るのが難しい』って言われるのが、よく分かったなって感じです
レースを振り返ると、まだまだ力が足りないんだなって感じました。だから、悔しいじゃないですか。
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高木美帆選手はバンクーバーオリンピックでは結果を残ず、初めて悔しいと思ったレースになったそうですよ。
シニアチームとの練習は練習ペースも質も高いという、レベルの違いについていくことで疲れが溜まってしまったそうです。
そのため、今後の意気込みとして、自分のリズムは大事にしているようですね。
自分のリズムは崩したくないですね。これから高校生になっても、スケートのために全てを捨てるってことはしたくない。自分はあんまり長期計画型じゃないんです。もたないんですよね、集中が。テスト勉強も一夜漬けでやったりするし(笑)。まあ、高校生活を思いっきり楽しんで、それからもう一度、スケートと真剣に向き合えたらなってことです。
Number
しっかり自己分析ができていて、今後につなげることを15歳で考え発言されているのが素晴らしいですよね。
高木美帆は中学からアルバイトをしていた?
高木美帆選手は中学生の時からアルバイトをしていました。
中学〜高校:新聞配達
高木美帆選手が中学から高校生の時に、兄姉と新聞配達をやっていたそうです。
早朝に自転車で数十軒を回ってから学校に通った。足腰の鍛錬も兼ねて中1から6年間続け、携帯電話もバイト代から購入していた。ある大会の日、「今日はさすがに大会あるから新聞配達してないよね」と聞くと、「いや、してきました」とケロリ。新聞配達を終え、自転車で40~50分はかかるリンクに駆けつけた。結果はダントツの優勝だった。
Yahoo
新聞配達はトレーニングでもあったんですね。
大会前でもしっかりアルバイトをこなしてから挑み、調子も崩していないのでいつものルーティンになっていたのかも知れないですね。
高校:まんじゅう屋
高木美帆選手が高校生の時は北海道の帯広市にある「高橋まんじゅう屋」でお手伝いをしたことがあります。
美帆選手がお手伝いしたのはお店を旦那さんと切り盛りしていた高橋美哉さんが体調を崩した時に、お手伝いされたそうです。
上記で紹介したように新聞配達は高校時代に毎日つづけていたため、流石に掛け持ちではありませんでしたね。
高橋まんじゅう屋は地元で有名なまんじゅう屋だそうで、ドリカムの吉田美和さんもここでアルバイトをしていたそうですよ。
美帆さんは高橋まんじゅう屋のチーズ味が好きなようで、合格、勝、祝、寿などの焼印があり人気のお店です。
とっても美味しそうですよね。
近くに出かけた時は是非寄ってみたいですね。
高木美帆はサッカーの選抜選手だった?
高木美帆選手は中学生時代、サッカーの選抜選手に選ばれていました。
中学まではサッカーもプレーし、北海道選抜メンバーに選ばれたこともある。
THE ANSWER
上記で部活の後にサッカーをしていたようですが、選抜メンバーに選ばれるのは実力もあったんですね。
高木美帆選手が選抜メンバーに選ばれたのは「2008ナショナルトレセン女子U-15」です。
「2008ナショナルトレセン女子U-15」
目的:サッカーの強化・発展のため、
①優秀な選手の発掘・育成
②選手・指導者のレベルアップ
③全国の選手・指導者の交流
④トレセン(トレーニングセンター)制度の充実・発展を図る
このナショナルトレセンへの参加条件として「日常的にトレセンで活躍していること」と、あります。
そのため、高木美帆選手はトレーニングセンターで活動されていたことがわかりますね。
高木美帆がスケートを選んだ理由
高木美帆選手がスケートを選んだ理由は今まで挑戦したスポーツの中で、一番向いていたからです。
上記で紹介した通り、美帆選手はサッカーで北海道の選抜メンバーに選ばれるなど、他のスポーツにも長けていました。
ダンスもやったことがあった高木美帆選手はスケートをどのように選んだか、このように回答されいます。
よくサッカーとスケートで、どっちに進むか迷ったか聞かれるんですけど、一切迷わなかった。能力的にも一番高かったので、スケートに進むものだと思ってました。サッカーはサッカーですごく本気でやっていたし、楽しかった。でも、スケートでしたね。サッカーやヒップホップ、それぞれの道で一生懸命やったからこそ、迷いなくスケートに専念できています。
THE ANSWER
何を自分が今後やっていくかという選択に迷いがなかったぐらい、他のスポーツを真剣に取り組んできたことがわかりますね。
中途半端にしてこなかった高木美帆選手だからこそ、オリンピックで素晴らしい成績を残すことが出来ているのかもしれないですね。
高木美帆の大学は日本体育大学
高木美帆選手の大学は日本体育大学です。
美穂選手は日本体育大学への入学と同時に、北海道から出て寮で一人暮らしを始めています。
初めは実家暮らしとのギャップに苦戦していたそうです。
人と出会う機会が増えるので、オンオフを大事にして甘い誘惑に負けない程度に息抜きしたい。1年生でもあるので仕事もしっかりしたい
スポニチ
また、入学時には仕事とプライベートの両立を意気込んでいました。
インタビューを受けた際に合コンも勧められていましたが、興味がないと断っていました。
実際にしっかりスピードスケートの成績を残していますので、競技に打ち込んだ生活をされていたと思われますね。